昨今、ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を掲げる企業は増えている一方、実態が伴っていなかったり実行に移せずにいたりする企業も少なくありません。
いくらダイバーシティが重要だと認識していても、具体的なアクションに落として実行していかなければ変化を起こすことはできないでしょう。
果たして、どのように組織へ浸透させ、持続的な企業成長につながる取り組みにしていけば良いのでしょうか。
今回は、ラクスルCFOの永見世央さんと、社外取締役を務める村上由美子さんが、組織におけるダイバーシティの重要性についてディスカッションした社内イベントの様子をレポートしていきます。
社員全員が「ダイバーシティの重要性」について腹落ちしていることが大切
ダイバーシティの重要性を考える前に、そもそもなぜダイバーシティが大事なのかについて、冒頭で永見さんが次のように説明しました。
「ダイバーシティが大事だと言われる所以は『Diversity(多様性)』、『Equity(公平)』、そして『Inclusion psychological safety(心理的安全性)』の3つが揃うことで、長期的に活躍できる職場となり、ひいては顧客やサプライヤーの方々に選ばれる会社になっていくからです」
また、どのような多様性が大切になってくるかについて「人とは違う物事の見方や考え方が推奨されること」だと述べます。
「人それぞれ異なる物事の見方や考え方を賞賛し、組織に根付かせるためには、年齢やジェンダー、国籍などの多様性を担保していく必要性があります。ラクスルは500名弱の従業員が働く組織ですが、全社員の割合でみるとダイバーシティ比率が高く、30代以下のヤングタレントや女性社員、インドやベトナムのチームで働く外国籍の方などが全体の8割を占めています。他方で、課題になっているのは、管理職のダイバーシティ比率の低さです。基本的にどの職位においてもダイバーシティ比率を担保することで強い組織になると考えており、更に強い組織を目指して増やしていこうと考えています」
続いてラクスルの社外取締役を務める村上さんが登壇。
大学卒業後にアメリカの大学院へ留学し、その後は国連やOECD(経済協力開発機構)東京センターの所長、ゴールドマン・サックスなど、国内外問わずさまざまなキャリアを積んできた方です。
村上さんは過去のキャリアや企業に属してきた中で、どのようにダイバーシティを意識し推進してきたのでしょうか。
「ゴールドマン・サックスでは約20年間働いていて、その中で得たダイバーシティ推進の知見や、国連、OECDといった国際組織での経験から学んだダイバーシティの重要性もお伝えしていければと思います。まず、ダイバーシティで最も大事なのは『皆が納得する腹落ち感』だと考えています。もちろん、人権保護といった観点でダイバーシティを推進していくのも大切ですが、ビジネスに落としたときになかなか腹落ち感が生まれづらいといった面もあるわけです。そのため、ダイバーシティがなぜ重要なのか。取り組むことで組織がどのように成長していくか、ということを全ての従業員が理解し、腑に落ちた状態を作らなければなりません」
腹落ち感とはすなわち、「これが自分の働いている会社の企業価値に直結するものだと理解する」とのこと。そして、企業価値に結びつく先には自分の報酬アップにも寄与していくという流れになります。
ダイバーシティ浸透には、一定の強制力を持ったKPI設定も手段のひとつ
加えて、性差や国籍問わず、機会平等が与えられている状況を作ることも必要になってきます。
「ダイバーシティに対する従業員の納得感を得られていないと、いわばダイバーシティ推進は“アリバイづくり”になってしまう。営利企業としてビジネス活動をするからには、ダイバーシティが利益に結びついていくことを従業員に理解してもらい、組織全体がダイバーシティ推進における意義について腹落ちしている状態を目指すのが鍵になります」
村上さんは、実際にゴールドマン・サックスや国連などで働いていた経験をもとに、ダイバーシティ推進の必要条件の1つ目に「経営陣の確信」を掲げました。
「ESG投資やSDGsなどが注目されるような社会ですが、ただ単に企業のコーポレートガバナンスを強化するために取り組んでいるだけでは、会社が育んできたカルチャーの中にダイバーシティを入れていきにくいと思います。重要なのは、ダイバーシティが企業価値を高め、従業員一人ひとりの自己実現や経済価値向上にもつながるというのを経営陣がしっかりと認識していることです。
そして2つ目に必要なのは、「ダイバーシティをどのように企業の文化へ根付かせていくか考えること」です。中間管理職や現場の従業員がプラクティス(実践)しやすいようなKPIを設け、レイヤーごとにアクションの成果を計測したり改善につなげたりする仕組みが求められます。具体性に欠けてしまえば、いくら経営トップがダイバーシティ推進の旗振りを行っても、なかなか組織全体には浸透していかないでしょう」
そんな中、ダイバーシティの活動を通して実利に結び付けるために、村上さんは「中間管理職やリーダークラスの従業員が、インセンティブを持つスキームを導入することが重要」とし、次のように説明します。
「例えば、360度評価(上司だけでなく、複数の関係者が多面的に評価すること)を取り入れている会社であれば、この評価軸にダイバーシティの観点を入れる。また、個々のマネージャーレベルがパフォーマンスレビューの際に、ダイバーシティの項目を入れてしっかりと評価していく。インセンティブや昇進に紐づくようにダイバーシティのアクションに対し、還元していく仕組みを作っていくことが、中長期的に企業価値を高めていく上でも肝になってきます」
ゴールドマン・サックス時代、ダイバーシティの浸透を進めていく上で大きなターニングポイントになったのが「プロモーションの中のひとつの項目であるカルチャーキャリアのウェイトが上がったことだった」と村上さんは振り返ります。
「カルチャーキャリアの項目の中に『ダイバーシティ・プロモーターかどうか』というのが新設されたことで、周囲のマネージャー陣は否が応でもダイバーシティを意識した行動を取るようになったんです。チーム編成をする際、意図的に男女比を均等にするなど、最初は半ばやらされ感を持っていましたが、多様な人材が集結することでダイナミックなチーム組成につながったり、今まで発案されなかったようなマーケティング戦略を立てられたり、あるいは離職率が改善したりと、ダイバーシティ推進の成果を次第に体感するようになっていきました。そうして2~3年も経つと、ダイバーシティを当たり前のように取り組むように変化したんです。こうした経験から、何かを組織に浸透させていくには、『暫定的にも一定の強制力を持ったKPIを設ける』ことが非常に大事になるのではと個人的に考えています」
ダイバーシティ推進によって経済成長率が高まる
他方、いざダイバーシティのKPIを定めてアクションを起こそうにも、取り組み自体に反対する社員のケアや現場が日々行う業務との兼ね合い、マネジメント層が抱えるKPI達成の難易度の高さなど、さまざまな越えるべき壁が存在しています。
これらをどのようにして乗り越え、ダイバーシティの推進を果たしていけばいいのでしょうか。
「ダイバーシティを現場に落としていくことの難しさは、まさにリアルな声として挙げられるものだと捉えています。これは日本だけでなく、海外も同様の問題を抱えており、一概に綺麗な回答を用意できるわけではありません。ただひとつ言えるのは、ダイバーシティのある経済の方が、経済成長率が高いということ。これはいろんな研究がなされていて、エビデンスによる裏付けもされていることであり、マクロ的な観点で考えるとダイバーシティの推進は経済合理性の意味でも企業成長に理に適っていると言えるでしょう」
これをミクロに落としたときの例として「『同レベルの職能を持っている男女の人材のうち、どちらを採用すべきか』というマネージャー陣の悩み」を村上さんはピックアップしました。
「男女ともに優秀な人材でも『女性の場合、産休で仕事ができない期間がある』というリスクを感じてしまい、どうしても男性を採用するケースも出てくるかもしれません。ここで鍵になってくるのが、先ほどもお伝えした『経営層の確信』と『従業員の腹落ち感』なわけです。要は、業務が回らなくなるリスクよりも、女性が入ることによってもたらされる会社へのベネフィットの方が、企業成長に貢献するというのを理解しているかどうか。そして、ダイバーシティのアクションに対して、会社の枠組みとして評価する体制やインセンティブとして還元する仕組みを作ることが大切になってきます」
価値観や考え方の違う人同士が尊重し合える組織をどう作るか
経営トップのダイバーシティへの確固たる確信はもとより、現場レベルに落とし込むときも、具体的なKPIや評価に反映することで、人事的な決断を下すときのひとつの指標になるということです。
こうしたジェンダーダイバーシティのほか、国籍や人種の多様性を尊重するグローバルダイバーシティについて、村上さんはどのような見解を持っているのでしょうか。
「自分のキャリアを振り返ってみても、日本人が私ひとりだけだったこともあり、マイノリティを感じていました。白人男性の職場でずっと働いてきて、今思えばマイノリティの立場として貴重な経験をすることができたと思っています。その中で、例えばゴールドマン・サックスで言えば、グローバルダイバーシティも利益に結びつくという解釈に行き着くんです。最終的に経済合理性がないところには、いろいろなものが進まない。そう私自身思っている節があります。さまざまな国や業界をまたいでビジネスを行うゴールドマン・サックスにとって、価値観や文化、宗教的背景を持つ多様な人材を確保した方が企業の経済価値を高めることにつながるわけです」
さらに、ジェンダーダイバーシティやグローバルダイバーシティについて考える上で「性別や肌の色というのは、あくまでシンボリックなものであって、自分と違う価値観や考え方を持った人同士が尊重し合い、『Agree to disagree(意見が違うことを認める)』を意識できるかが大切になる」と村上さんは話します。
「『1+1=2』と捉える人もいれば『1+1=5』を見出すような人もいる中で、企業が推進するダイバーシティを経済価値として具現化していくためには、本質的に多様な意見や考え方を尊重し、耳を傾けられる人がどのくらいいるのかが重要になります。日本人と外国人を対比してみても、価値観やライフスタイルが違うのは当たり前であり、会社が掲げるひとつの基準に収斂させていく必要はないと考えています」
最後に、ラクスル代表取締役社長CEOの松本恭攝さんが、ダイバーシティプロジェクトについてコメントし、会を締めくくりました。
「我々ラクスルは、今後ダイバーシティを推進していきます。『仕組みを変えれば、 世界はもっと良くなる』というビジョンに共感し、参画していただいている一人ひとりの社員の方々に感謝していますし、とても誇りに思っています。より良い社会を作っていくためには、ダイバーシティが良いものであると私自身捉えていて、会社にとっても組織にとっても長期的な永続性・レジリエンスを考えた上でも非常に重要なものです。
社会の構造としてなかなか進んでいかないものを、社員全員が当事者として認識し、ダイバーシティを推進していることはとても誇らしく感じています。これからぜひ、ダイバーシティプロジェクトを通じて新しいラクスルを作り、より良い社会を創造していけるよう頑張っていきましょう」
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